サラの後躯麻痺と旅立ちの話

 

昨年インスタのほうではご報告してましたが

2025年12月12日にお月様へ帰ったサラ


あれから半年。
今日は6回目の月命日です🌕

 

サラの最期のことを書き記しておきます。

 

 

(※この記事には途中、サラの糞やサラの最期の姿の写真を載せています。
最期の姿は眠っているようなとても穏やかな顔ですが、苦手な方はご注意ください)

 

 



2025年11月29日

●(糞)の形状や盲腸糞の残し方、食餌量、飲水量、体重減少といったいつもと違う異変があり、通院しました。

 

この日、待合室で撮った写真

 

 

レントゲンなどでも特に何か異常が見られたわけでもなく、点滴を受け帰宅。

 

 

翌 30日 

食餌は食べていたものの、左後脚を引きずって歩くようになりました。

 

11月30日 この時はまだ普通に生活できていた

 

 

 

12月1日 なんとなくもう片方の右後足も怪しくなり

2日 右後脚も引きずりだし、

3日目には両後脚とも機能しなくなり、いわゆる後躯麻痺という状態になりました。

 

この写真は2日。後脚の動きが鈍くなっていたものの

まだ前脚で体を支えることができていた。

 

 

 

後躯麻痺の原因・可能性は幾つかありましたが、サラに行えた検査の段階では不明で、年齢のことを考慮し、全身麻酔やその他臓器へ影響する可能性のある検査や治療は行わず、投薬や点滴、麻痺した幹部のためにレーザー温熱機を借りての自宅ケアなど、できる治療を行っていました。

左:左後脚が悪くなった日に病院からレンタルした

家庭用のレーザー温熱機。

右:病院で先生による使い方レクチャー中

 

 

 

2日はまだ2本の前脚と上半身だけで匍匐前進するように動けていて、低い位置に設置し直した給水ボトルから水を飲み、ペレットや牧草も食べていたサラ

 

しかし、下半身が踏ん張れず肛門に顔を持っていけないため盲腸糞を食べることができませんでした。

 

 

下半身を安定させるため、以前避妊手術後に着せていたエリザベスハーネスを着せて様子見してましたが、

袖口をしきりに気にしストレスを感じてるように見え、そういえば避妊手術後に脚周りの毛を毟っていたことを思い出し、長期の使用には向かないと思って、

 

結局脱がせました。

 

 

12月3日に完全に後脚が機能しなくなってからは、匍匐前進もしなくなり、じっとしている時間が増えました。

 

 

 

この頃から‛盲腸便秘’状態になっていて、朝晩2回の温熱機で足・腰とともに、お腹を温めると大量に盲腸糞が出ましたが、落としたばかりの新鮮な盲腸糞を口前に持って行っても食べてくれませんでした。

 

背中側からとお腹側から計5分~10分、朝晩やっていました

📷パパ撮影でカメラ目線のサラ

 

 

 

レーザー温熱機の効果か、お腹に溜っていたカスのような●(糞)が出た後は、比較的良い状態の●が出て喜んでいました。

実際に病院にレポート報告した時の画像

●をする度に回収し状態確認し、24時間ごとに数えていました。

 

 

 

12月9日までは、寝た状態でも自力で床に置いたお皿でペレットを食べていました。

 

左:お皿を斜めに設置。牧草をぬいぐるみの腕に挟んでいます。

右:画像ボケてますが、ケージの一番下に給水ボトルの

口が出るよう設置。頑張って水を飲むサラ

 

 

 

しかし、日に日に老化現象が加速し、上半身も力が入りにくい様子で、咀嚼したり咀嚼した物を飲み込む力も弱くなっているのが目に見えてわかりました。

 

10歳を過ぎてもとても若々しかったサラでしたが、まるで坂を転がる石のように、浦島太郎の玉手箱を開けたおじいさんのように、急激に老化が進んでいく様子が見て取れました。

 

 


徐々に、牧草は大好きな嗜好性の高いものすら食べなくなりました。

(実は12月に入って一番刈り以外の種類もいろいろ取り寄せしました)

 

牧草はあきらめ、ペレット牧草に頼ることにしました。

 

元々ウーリーのグルテンフリーのペレット牧草が大好きでしたが、この状態になってから食べなくなってしまい、ハイペットの’グルフリ生活’というペレット牧草を取り寄せしたところ、それは食べてくれました。

 

ペレットやペレ牧もそのままだと食べませんでしたが、1粒をさらに小さく分割してラビットヘアボールリリーフのパパイヤのフレーバーを1粒1粒にちょん付けしてあげて口の前に持っていくと、それは喜んで食べてくれました。

 

 

 

水もお皿だとこぼすので、シリンジに切り替えてあげていました。

 

普通の水以外に、病院の先生のすすめで強制給餌用の粉末ペレットを溶かした濃度の濃いペレット水も与え好んで飲んでくれました。

 

 

オシッコも自力ではしづらくなっていたので、体を起こして膀胱を圧迫し出やすくなるよう手伝ってあげました。


姿勢も2~3時間おきに、夜中も起きて変えてあげていました。

横向きの時間帯が多いので、うつぶせにしたり、

うさぎちゃんを使ってストレッチしたり

 

 

そんな中、レーザー温熱機を朝晩あてていた麻痺した脚が両脚ともにビクビクと反応を見せ、良い兆しも見られました。

温熱機ケアの後は、必ずオシッコ

パパと二人掛かりでお尻周りをキレイにしてあげていました

 

 

 

病院へは様子を見ながら必要な時は通院し、先生とはこまめにやり取りしてサラの状況をラインで報告しアドバイスをいただいたり、食欲や●の状態に一喜一憂しながら過ごしていました。

 

 

段々と1日の介護のリズムにも慣れ、こんな日々が続いていくのだと思っていました。

 

ウニちゃんの誕生日の12月6日撮影

バナナをおすそわけ🍌

 

 


12月12日 朝5時半頃。


サラの体勢を変えにいくと、体全体がとても力ない様子で弱い呼吸をしていて、体を動かすとキューキューっと小さな声を出しました。
これはまずいと思い、慌てて寝ていたパパを起こしに行きました。

 

しかし、二人で見守っているとしばらくすると何事もなかったように落ち着きました。
オシッコをさせたあと、ペレット水を飲ませると美味しそうに「もっともっと」といった顔で、口をシリンジに近づけて沢山飲んでくれて、その後は落ち着いたまま眠ってしまいました。


その時7時過ぎていて、後で病院に状況を連絡しないとな…と、思いながら私は少し安堵し仮眠を取りました。

 

 

8時15分頃に起きてリビングに向かうと、パパはテレビをつけ新聞を読んでいました。
いつも通りの朝の光景でした。

 

サラのところに行き体を起こそうとすると、サラが口で呼吸をしていることに気付き、すぐにそれがどういった状態なのかがわかりました。

 

何かできることはないかと、抱きかかえて温熱機を体に当ててあげましたが、私の腕の中で消え入りそうなキューっという小さな声を出し、呼吸がフェードアウトするように弱くなっていきました。

その間撫でながら名前を呼び、沢山声を掛けました。

ちょうどサークルで遊んでいたウニにも顔を合わせました。

もう消えていきそうな呼吸のサラに、「サラちゃん、ありがとね」とお別れを言い、最後にパパに抱っこしてもらい、その後完全に呼吸が止まりました。

 

本当に眠るように静かに息を引き取りました。

 

こうしてサラ10歳4ヵ月15日の兎生を終えました。

 

 息を引き取ったあとのサラ

まるで眠っているだけのようなサラがあまりにも可愛くて

泣きながら写真を撮っていました

抱っこが大好きでした

 

 


あとから、明け方のあのサラはなんだったんだろう?
私を安心させるために最後に元気な様子を見せてくれたのかなと思いました。

 


葬儀の日まで家でしっかりとお別れをし、りりニコルカと同じ世田谷の斎場で12月16日に葬儀と火葬・納骨を執り行いました。

 

 

 

サラのために選んだお花を添えて

 

サラがいつも遊んでいたピンクのうさぎちゃんとボールをお供に連れて行ってもらいました。

 

 

白木の位牌に入ったサラの魂は自宅に戻り、開眼供養(本位牌への魂入れ)の日までここから家族を見守ってくれていました。

手を揃えてお参りしてるみたいなウニちゃん

 

 

2015年5月にりりがお月様に帰ってしばらく、灯りの消えたような雰囲気になっていた我が家でしたが、そこにやって来たサラは明るい太陽な存在でした。

 

りりニコルカが到達できなかった10歳という年齢の壁を越えてくれて、より長い時間を過ごすことができ、沢山の楽しい思い出と温もりをくれました。

 

サラには、ただただ感謝です✨

 

 

サラがいなくなってから、いろんな出来事があり不思議なことも起こりました。

それは、またいつかお話できればと思います。

 

なんとなく、今もまだ近くにいるような気がしています✨

 

 

 

12日はルカちゃんの月命日でもあります🌕
ルカサラに合掌🙏

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