うさぎたちの1年半


世の中、なかなか思い描く通りにはいかない。
私はスーパーマン(ウーマン)ではないし、
この先もスーパーマンにはなれないだろう。

年をとるごとに、己のキャパシティが狭くなっていくのが呪わしい。。。



「何言ってんの?」って顔してるね。
・・・だよね。




前回、私にとって、この1年半があっとゆう間だった話を書きましたが、
人間より遥かに寿命の短いうさぎにとっての1年半という期間を
うさぎたちはどのように感じていたのか・・・?





生活が落ち着き、キャパの容量をいくらか増やすことができた私は
今日、前々回(2011年4月29日)の更新を最後に
1年半の間1度も開かなかったうさぎブログを巡回しました。


結果、私は数時間泣き続けることになりました。
それは本来、1年半の間に流すべき涙だったと思います。


リリブロが始まる前から見ていたブログのうさぎさん、
リリブロの初期から仲良くしていただいてたうさ友さんちの子、
直接対面したことのあるうさ友さんちの子・・・
1年半の間に月に帰ったうさぎさんが、たくさんいたことを知ったのです。

ブログを開く度に、悲しい別れが次々と波のように襲ってきました。
ずっと知らなかったことが悔やまれました。
もし知ってても現在の状況が何も変わってないかもしれないけど、
闘病のその時に祈ることもできただろうし、
気持ちを伝えることもできたと思います。



私が流した涙には、悲しいという理由はもちろんですが、
別の感情もあります。

リリブロ初期と言うと、当然りりニコと同い年ぐらいの
5〜6歳、その前後の歳の子たちも含まれます。
うさぎ雑誌を見ていると、10歳以上の子も結構紹介されていますが、
いくらうさぎさんの寿命が延びているとは言え、それは稀少で
やっぱり、これまで一般的に言われていた平均寿命までしか
一緒にいられないんじゃないか…とか、
いつかその日が来るのはわかっているけど、それはそう遠くない話で
その時自分に受け入れられるのか…とか、
いろんな考えがグルグルし、もう涙がとめどなく溢れてきたのです。



それと、これはとても不思議に感じているのですが、
今回亡くなったのを知ったうさぎさんの中で、
りりの誕生日が命日の子が2ウサちゃんいました。
これまでも、その飼い主さんたちとも何かご縁を感じていたので、
命日を見て驚き、とっさに顔を覆ってしまいました。

「ボクの、私の、旅立った日を忘れないで!」
というメッセージのような気もするし、
同時に、生と死が背中合わせなのだということを
痛感しました。
なんとなく、最近りりニコが普通に元気であることに甘えていた
私へのうさちゃんたちからの叱咤のような気もします。
肝に銘じておきます。けして忘れません。



実は、震災以降、ある時期を境に
私はほとんど泣くことがありませんでした。
(1回ぐらいしか泣いた記憶がありません。)
今日はまるで、これまで固く塞がっていた栓が
一気にスポーンと外れたかのようでした。





うさ友さんのうさぎさんたちのために
今日は家で祈ります。

さっき、新しいお花をいけました。
平和の色、黄色のバラとカーネーション・・・



心よりご冥福をお祈りいたします。
きっと今頃は虹の橋を渡り、みんなで仲良く遊んでいますように。



それから、
大変な病気になって、今も闘っている子がいることも知りました。
どうか早く治りますように・・・、少しでも症状が和らぎますように・・・
お祈りいたします。


りりも・・・

ニコも・・・

仲間たちに、想いが届くといいな。




また栓を締め直し、リリブロ続けていきます。




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